Story4 夫編「想像できなかった現実」

優大という名前は産まれる前から決めていました。

妻が使いたいと言った優しいという字。
僕は、障がいを抱えて小さく生まれてくる息子が大きく育つように大という字を。
夫婦で一文字づつ想いを込めた名前です。

手術室から一旦出てきた優大を抱っこして、

「なんだよ、産まれられないとか、無事に産まれてこられたとしても呼吸がちゃんとできるか分からないとか、2時間で亡くなるかもしらないとか、色々と脅されたけど全然平気じゃん!医者って本当に大袈裟だなあ」と僕は本気で思っていました。

術後暫くして、半身麻酔が覚めた妻がストレッチャーで病室に戻ってきました。

「赤ちゃん、どうだった?」と尋ねる彼女。
「うん、すごく可愛いよ!全然平気っぽい」

帝王切開直後なので顔色は真っ青です。
麻酔が効きづらい体質だから、傷口もかなり痛いらしく、具合が悪そう。

僕のその言葉を聞いて、安心したのか、彼女は少しだけ笑顔になりました。

翌日どうしても優大に会いたいというので、看護師さんと相談して、車椅子を貸してもらえる事になりました。

NICUの中に入ってゆくと、遠くに保育器に入っている僕達の息子。

なんだか一人だけ輝いて見えます。
色が白かったからかもしれません。

車椅子のまま優大を抱っこする妻は、本当に優しく、慈しむように赤ちゃんを見つめていました。

口をパクパクしている優大を見ると、彼の口元に乳房を近づけ優大に吸わせ始めました。

チュッチュッと吸う優大、満面に幸せの溢れる妻。

「あー、この人はもうお母さんなんだなあ」なんだか自分からは遠い所にいる。

妻にとって、優大は自分の命そのもので、まさに妻と赤ちゃんは一心同体。

赤ちゃんを、自分に最も近い他人として客観的に可愛がっている僕とは関係性が全く違いました。

妻と優大の初対面はすぐ終わりました。
優大は産後検査へ、妻は座っていても貧血になってしまうので横になるために。

夕方頃、僕だけに呼び出しがありました。
「先生からお話があります。」

面談室に入ると産科の先生達はおらず、代わりに主治医の小児科の先生がいました。

とても優しい眼で、こちらに笑顔を向け、「おめでとうございます。」と言ってくれました。

術前に感じた緊張感や敵対心は消え、お会いしたその時から心が開けました。

しかし、その優しい語り口に反して、先生の口からは厳しい宣告が次々に発せられてゆきます。

「お父さん、最悪の事態は免れましたが、やはり優大くんの状態は深刻です。」

「MRIの結果、大脳は全欠損しており、水無脳症に間違いありません。」

キョトンとする僕に先生は続けます。

「恒常性を維持するために必要な小脳と延髄が問題がないのは幸いです。」

「しかし、予後は長くなく、小学校はまだしも中学生になる事は恐らくないでしょう。」

丁寧に説明してくれるものの、医学用語満載で理解する事ができません。

最初に「予後?それ何ですか?」と一番基本的な事を確認しました。

「お子さんが、これから先何年、生きられるかという事、寿命の事です。」

「え、寿命が数年?だって元気に呼吸してるし、心臓も肺も大丈夫なんでしょう?」

「医学が進んでも、こればかりはどうにもなりません。
優大くんの症例は極めて稀で、同じ症例では私達が知る限り数年で亡くなられる場合が多いのです。」

ショックを通り越してパニックです。

この人が言っている意味もわからないし、どう答えれば良いかも分からない。

先生に何度も、「彼はどうして死ぬんですか?」と聞いた記憶もありますが、勿論、それに対する明確な答えなどありません。

死と聞いて想像できるのは、祖父や祖母が歳をとって亡くなった時の事。

親である自分自身がまだ若いのに、それよりもはるかに若い、生まれたばかりの息子が死ぬなんて…。

頭では説明の意味は分かるけれども、到底受け入れる事ができませんでした。

面談を終え、妻の待つ病室に戻りました。

どうしよう、こんな話伝えられない…。
やっと会えたのに、僕達の赤ちゃんはすぐに死んじゃうなんて。

「先生の話どうだった?」妻に尋ねられ、僕は「うん、やっぱり脳はないみたい、でも大丈夫そうだよ」と、嘘をつくつもりはないんだけど、聞いたままを伝える事がどうしてもできませんでした。

その日、義理の両親が優大が無事に産まれた事のお祝い、群馬からわざわざ出産立会いに来た私の両親の慰労も兼ねて、寿司屋で軽いお祝い会を開いてくれました。

僕も後から駆けつけると言ったものの、とても食事をする気になどなれない。
それどころか、平静を保って親達に会える気もしない。

足は自然に大学病院の裏にある真っ暗な裏路地に向かって行きました。

突然、涙がとめどなく流れてきました。
気がついたらそれは号泣になっていました。

コントロールできないぐらいの号泣。

今まで23年間生きてきて、理由もわからなく涙が止まらない事など一度もなかった。

生まれたばかりの優大の命が愛おしい。

10ヶ月間頑張ってお腹で育て、今やっと念願の息子を腕に抱く事ができた妻が愛おしい。

優大を抱っこし、本当に幸せそうにオッパイを吸わせている昼間の姿を思い浮かべると、あまりにも辛い…。

人の事を想って自然に涙が流れる。
そんな経験はこの時が初めてでした。

 

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優大とわたしたちの10年間の物語 目次

About Stories 「物語の前に」

Story1
妻編:「赤ちゃんにノウガナイ?」
夫編:「幸せな若夫婦への突然の報せ」

Story2
妻編:「悲しみと隣りあわせの幸せ」
夫編:「試練、負けるもんか」

Story3
妻編:「この腕に抱きたい」誕生へ
夫編:「産むのはおかしいことですか?」

Story4
妻編:「天からの贈り物」
夫編:「想像できなかった現実」

Story5
妻編:「発作との日々の始まり」
夫編:「いざ広州へ」

Story6
妻編:「中国で重度障がい児を育てる」
夫編:「いよいよ!家族揃っての駐在生活。。」

Story7
妻編:「必死だった日々も。。」
夫編:「妻任せの障がい児子育て」

Story8
妻編:「これでいい。だいじょうぶ。」
夫編:「なかよし学級で教えてもらったこと」

Story9
妻編:「失うことの恐怖。。希望へ」
夫編:「生後5年目、初めての介護育児」

Story 10
妻編:「優大チームの介護子育て」
夫編:「優大5歳、お兄ちゃんになる」

Story 11
妻編:「生きていることの奇跡」
夫編:「8歳の試練」

Story 12
妻編:「当たり前でない日々、10年」
夫編:「命は必ず尽きる、ライフワークは何か?」

Story 13
妻編:「命の最期のしごと 前編」
夫編:「そして、九州へ」

Story 14
妻編:「命の最期のしごと 後編」
夫編:「命日と誕生日、優大の旅立ち」

Story 15
妻編:「すべてが贈り物」
夫編:「3人家族、新しい生活」

Last story
妻編:「生きて!」ママへ、そしてかけがえのないあなたへのメッセージ
夫編:「4人で5人家族、優大学校からの学び」