お腹の赤ちゃんは6ヶ月に入った。

愛おしくて愛おしくて。

何にかえても守りたい。

でも、赤ちゃんの脳が壊れてしまった。。

脳がなくなった赤ちゃんは、それでも少しずつ育っている。

産婦人科の医師は言った。

「無事に10ヶ月まで育ってくれて出産することができたとしても、予後は短いでしょう。」

「数時間かもしれないし、数年であることはまちがいない
でしょう。」

予後。。それは医学で言う所の患者の寿命を含めた経過のことだ。

それは、信じたくないような言葉だった。

赤ちゃんが生まれてすぐに死ぬ・・?

考えれば考えるほど、苦しくて恐ろしくて、ただ涙が流れた。

なんで?と問い続けてもむなしく空に消えるだけで、どうやっても理由なんてみつけるこはできない。

けれど診断が確定すると同時に私にはある意味覚悟が生まれた。

海外出張が頻繁で長期に家を空ける夫とも、時間を見つけては話した。

私はこの子をどうしても産みたい。
もし2時間だとしても、この腕に抱きたい。

夫は私よりもずっと楽観的に見えた。

「ほんとに覚悟はできているの?赤ちゃんに脳がないんだよ?」

そう詰め寄る私の目の前の夫は、どうしたって、自分の子どもが重度の障がいをもってうまれてくることが想像できない様子に見えた。

そうは言っても元気に生まれてくると思っているような夫が恨めしくも感じる。

この温度差は母と父という個性によるものか、それとも私たちの性格ってことなのか。

わたしにとって全てを受け入れるということは、赤ちゃんを産む前から、その死を覚悟するということで、、それはほんとうに、途方もなく苦しいことだった。

でも私はそれ以外のやりかた、例えば考えないようにするとか、障がいが軽いことを期待するとか、そんな風には思えなかった。

ただどんなことになっても、私はこの子を産む。

そう自分に何度も言い聞かせる。

強くありたいと神に願い続けた。

私をお母さんにして下さいと。

結婚したばかりの若い私たちは互いの間を赤ちゃんによってより強く繋いだような気がした。

その産院の医師たちは私に産むかどうか、を直接聞くことはなかった。

当時の日本では、わかった時点で早産させることも可能であることを後になって知った。

私の赤ちゃんは、こうしてお腹の中で元気に動き、存在を現し、こんなにも深い愛をくれている。

中絶。。ほんの少しも頭によぎることはなかった。

そんな私の様子をみての意見かもしれないが、いつも優しく話してくれるその主治医は言ってくれた。

「私はそれでもお腹で普通に育てて産んであげるのがいいと思います。」

その時、救われた気持ちは母としての勇気となった。

赤ちゃんの発育は多少の遅れはあったものの順調であった。

その頃、中国への駐在時期が決定し、赤ちゃんが生まれた直後から夫は任地へ旅立つことがわかっていた。

私は一旦、九州の私の実家へ帰ることを決めた。

新婚で越してきて、夫を待つだけの平凡な毎日も楽しくて、夕飯は5品くらいを用意し、幸せいっぱいの二人だった。

まさかこんな形で社宅を後にすることになるなんて、思ってもみなかった。

けれど、気付けば今の私は赤ちゃんを授かる前よりも、心の中に深い幸せがある。

悲しみと隣り合わせの幸せもあると知ることができた。

幸せだからこそ苦しいということも。

今は未来はよく見えないけれど、確かな愛がここにはあるのだ。

 

 

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優大とわたしたちの10年間の物語 目次

About Stories 「物語の前に」

Story1
妻編:「赤ちゃんにノウガナイ?」
夫編:「幸せな若夫婦への突然の報せ」

Story2
妻編:「悲しみと隣りあわせの幸せ」
夫編:「試練、負けるもんか」

Story3
妻編:「この腕に抱きたい」誕生へ
夫編:「産むのはおかしいことですか?」

Story4
妻編:「天からの贈り物」
夫編:「想像できなかった現実」

Story5
妻編:「発作との日々の始まり」
夫編:「いざ広州へ」

Story6
妻編:「中国で重度障がい児を育てる」
夫編:「いよいよ!家族揃っての駐在生活。。」

Story7
妻編:「必死だった日々も。。」
夫編:「妻任せの障がい児子育て」

Story8
妻編:「これでいい。だいじょうぶ。」
夫編:「なかよし学級で教えてもらったこと」

Story9
妻編:「失うことの恐怖。。希望へ」
夫編:「生後5年目、初めての介護育児」

Story 10
妻編:「優大チームの介護子育て」
夫編:「優大5歳、お兄ちゃんになる」

Story 11
妻編:「生きていることの奇跡」
夫編:「8歳の試練」

Story 12
妻編:「当たり前でない日々、10年」
夫編:「命は必ず尽きる、ライフワークは何か?」

Story 13
妻編:「命の最期のしごと 前編」
夫編:「そして、九州へ」

Story 14
妻編:「命の最期のしごと 後編」
夫編:「命日と誕生日、優大の旅立ち」

Story 15
妻編:「すべてが贈り物」
夫編:「3人家族、新しい生活」

Last story
妻編:「生きて!」ママへ、そしてかけがえのないあなたへのメッセージ
夫編:「4人で5人家族、優大学校からの学び」