Story1 妻編「赤ちゃんにノウガナイ?」

梅雨入りした東京の空には今にも雨が降り出しそうな6月。

都内の庭園が見事なその式場に、私は真っ白なドレスを身にまとい、灰色の空をも気に留める余地もないくらい幸せな花嫁としてチャペルの夫の横に立った。

あれは16年前、22歳の終わりの頃だった。

参列者はまだ新社会人や学生だったが、同じく若い私たちに向けられた仲間の暖かな祝福の声に包まれて、二人の結婚生活は始まった。

夫は大学のラグビー部の先輩でマネージャーとして入部した私は
ほどなくして夫と付き合い始めることになった。

彼は今でも本当に話し好きだけど、私を誘うのにも得意の話術が繰り広げられた、笑。

大学から離れたところにあった私のアパートに毎晩のように電話をかけてきては、終わらないトークを繰り広げる。

そんな、想いが丸見えで素直な彼といると、私も自然と自分らしくいられた。

彼と一生一緒にいることになんの違和感もなかった。

1年先に夫が卒業し、海外部に配属になり来年の海外赴任が告げられた。

就職活動中の私は特にこれといってキャリアというものに興味がなく、同級生の何十社もの面接を横目に、就活もそこそこに結婚を決めた。

卒業、結婚、そして束の間の新婚生活を楽しむ間もなく、私のお腹に新しい命が宿った。

特に待ち望んでいたわけではなかったのに、検査薬を片手に私は嬉しくて嬉しくて胸がドキドキと高鳴った。

すぐに夫の会社に電話したのだが、気が動転した私は、会社の代表番号に名乗りもせずに夫を呼び出し、受付嬢の女性にかなり不審がられることになる。

それくらい、新しい命が運んできた喜びのエネルギーは強烈だった。

結婚して住んだ社宅は多摩川沿いにある築40年の古いアパートだった。

産院は武蔵小杉の辺りにある、その辺りでは施設も入院食もとても豪華なことが有名で、長い待ち時間もフカフカのソファーにもたれながらの優雅な時間だった。

まさに景色はバラ色に輝き私はそれまでの人生で一番の幸福な時間を過ごしていた。

6ヶ月に差し掛かる頃のとある検診日。

医師から赤ちゃんの頭の成長が思わしくないことを告げられた。

それからしばらくの間注意深く健診が行われた結果、赤ちゃんの頭囲は全く成長を止め、脳に異常が発生したことが明らかとなった。

MRIなどの詳しい検査の結果、医師から聞かされた言葉は、余りにも、受け入れるには苦しすぎる内容だった。

世界は一転して真っ暗闇に、バラ色から灰色に変わった。

産院からの帰り道、自分がどこか別の世界に迷い込んでしまったかのように社宅までの道のりが遠く、心細く、涙がほほをつたう。

医師は言ったのだ。

「赤ちゃんの大脳が壊れてしまい脳質が髄液に置き換わるという重い障がいの可能性が高いです。」

「水無脳症です。」

一度も聞いたこともないようなその病名は、灰色の世界にポツンとただひとつ掲げられた真実。

赤ちゃんにノウガナイ?

「なぜ?なぜ?私の赤ちゃんがなぜ?」

それだけが頭の中でこだましていた。

 

 

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