物語の前に 

笑ったり、怒ったり、感動したり、呆れたり、

そんなに特別なことでなくても、いのちのきらめきが散りばめられた子ども達との毎日が楽しい。

今本当に幸せな暮らしをしていると感じています。

2000年に、水無脳症というとても重い障がいを持って生まれた長男の優大。

一足先にこの命を卒業して行った彼と過ごした日々は、生きること自体にいろんな困難や、胸が締め付けられるような苦しい想いも生まれたり、決して楽なものではありませんでした。

今思い返しても、よくやってきたなぁ、と思います。

でも、わたしたちにとってはそれが当たり前の日常で、かけがえのない大切な日々でした。

そしていつもそこには愛が溢れていました。

優大は最期まで首が据わることもなく、食事ができなくなり、呼吸もしづらくなり、最期には身体中の機能が停止して亡くなりました。

それは一見、とても不運で不幸で、苦しいことのように見えても不思議はありません。

私たちにも大きな葛藤や悲しみや、やるせない気持ちがありました。

けれどもやっぱり、優大がそこにいてくれること以上に大切なことはなくて、そのために生まれる様々な出来事は優大とわたしたちの日々にもたらされた贈り物の一部分だったのです。

あの頃の私は、今の幸せと何も変わらない、もしかしてさらに深くて大きな優しさの中で、ただその瞬間を懸命に生きていたのだと、今あらためて感じています。

そんな最愛の息子との10年の日々を夫と共に綴っています。

これは個人的な記録ですが、わたしたち誰もが、もがきながら愛しながら、いのちを生きていることへの大切なメッセージになると思っています。

お付き合い下されば幸いです。

中島幸恵

 

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「水無脳症」という重い心身障がいを持って生まれた長男の優大。彼がこの世を卒業したのは2011年の4月です。急性腎不全の為、10歳で亡くなりました。

僕の中にある記憶は当然過去の物となり、色が薄くなっているのですが、不思議な事に今なお、もしかすると一層鮮やかに、彼の命の足跡は私の中に残っています。

僕ら家族の話を世の中と共有する事の意味はなんだろう?そう思う事もあります。それでも書きたいと思うのは、我々の体験が単なる個人的なストーリーではなく、命の営みから教えてもらった「ただ与えられた命を生き切る」というシンプルな本質があるからだと思うのです。

彼の生前は、親族はもちろん友人、お医者さん、看護師さん、はたまた自分達をネット上でしか知らないお会いした事もない方からまで、「勇気をもらった」「元気をもらった」「暖かい気持ちになった」「幸せを分けてもらった」などと、本当に有難いお言葉を沢山頂いていました。

それは、大変に不便な生活をしていた私達家族への労りの気持ちも少しはあったと思うけど、やはりそこにあるシンプルな愛情、彼の命の輝きの純粋さと強さに、人々が自然に心を動かされていたのだと思うのです。

根っからの体育会系勝ち負け論者の自分にとって、優大の命に真正面から向き合い、献身的に介護に向かった妻との生活に向き合った事は、生きるという事についての大きな学びの機会となりました。

「良い高校に入って、良い大学に入って、良い会社に入れば幸せになれる」

「便利な生活、効率の良い生活、お金に恵まれた生活があれば幸せになれる」

これらは自分の半生の常識的価値観でしたが、優大学校を卒業した今となっては、この価値観にNOを感じます。

「幸せになれる」「幸せにする」のでなく、今を生きている一瞬一瞬は「幸せでいられる」。誰かや、何かが僕を「幸せにする」のでなく、幸せはいつも身近にあり、僕が主観的に「感じる」もの。今はそんな風に思います。

介護をしていた時は毎日疲れて大変だったけど、やっぱり優大と一緒にお風呂に浸かる瞬間は最高に幸せでした。

僕の腕の中で静かに胸の鼓動を止めた時も、その瞬間に感じたのは心からの感謝と幸せ感でした。もちろん、寂しさはありましたけど、それと幸せとは関係なかった。

全ての人に共通する真実は、この世での命は必ず尽き、そして、使い切った命はまた宇宙に帰ってゆくという事です。

生まれる前から、親よりも早く天命が尽きる事を知りながら、それでも些細な日常の出来事に「楽しいねー、幸せだねー」と言いながら、次男も含めて僕たちは幸せな10年間を過ごしました。そして今、長女を加えて4人で5人家族ですけど、相変わらず幸せです。

大きな企業で働くサラリーマンの僕にとって、障がい児の介護をしながらバリバリ働く事は、物理的制約も、精神的葛藤も沢山ありました。

でも振り返ってみると、彼の命と向き合った10年間があった事で、家族とどう生きてゆくのか、何の為に働いているのか、という本質的な問いに自分なりの納得解を持てていると思います。

10年間の体験ですので少し長くなると思いますが、時間をかけて振り返ってゆきたいと思います。お付き合い頂けたら嬉しいです。

なお、同じテーマで妻も記事を書いています。同じ出来事に遭遇していても、妻と夫、母親と父親では感じ方もそれを受けての行動も全く異なりますので、宜しければそちらもご覧下さい!

中島広数

 

 

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優大とわたしたちの10年間の物語 目次

About Stories 「物語の前に」

Story1
妻編:「赤ちゃんにノウガナイ?」
夫編:「幸せな若夫婦への突然の報せ」

Story2
妻編:「悲しみと隣りあわせの幸せ」
夫編:「試練、負けるもんか」

Story3
妻編:「この腕に抱きたい」誕生へ
夫編:「産むのはおかしいことですか?」

Story4
妻編:「天からの贈り物」
夫編:「想像できなかった現実」

Story5
妻編:「発作との日々の始まり」
夫編:「いざ広州へ」

Story6
妻編:「中国で重度障がい児を育てる」
夫編:「いよいよ!家族揃っての駐在生活。。」

Story7
妻編:「必死だった日々も。。」
夫編:「妻任せの障がい児子育て」

Story8
妻編:「これでいい。だいじょうぶ。」
夫編:「なかよし学級で教えてもらったこと」

Story9
妻編:「失うことの恐怖。。希望へ」
夫編:「生後5年目、初めての介護育児」

Story 10
妻編:「優大チームの介護子育て」
夫編:「優大5歳、お兄ちゃんになる」

Story 11
妻編:「生きていることの奇跡」
夫編:「8歳の試練」

Story 12
妻編:「当たり前でない日々、10年」
夫編:「命は必ず尽きる、ライフワークは何か?」

Story 13
妻編:「命の最期のしごと 前編」
夫編:「そして、九州へ」

Story 14
妻編:「命の最期のしごと 後編」
夫編:「命日と誕生日、優大の旅立ち」

Story 15
妻編:「すべてが贈り物」
夫編:「3人家族、新しい生活」

Last story
妻編:「生きて!」ママへ、そしてかけがえのないあなたへのメッセージ
夫編:「4人で5人家族、優大学校からの学び」