Story12 妻編「当たり前でない日々、10年」

退院してしばらく自宅で療養後優大は再び学校に戻ることができた。

学校が大好きな優大がまた登校できることは私にとっても何よりの喜びだった。

そして、念願の温泉旅行にも出掛けた。

退院のお祝いに奮発して、ずっと行きたかった福島の宿まで足を伸ばした。

温泉が大好きな優大だけれどもう一人だけの介助ではいれてあげることはできないので、広い露天風呂のついた部屋をとり、みんなでのんびり温泉に浸かり至福の時間を過ごした。

それから、後遺症が残りつつも、優大は次第にリズムも戻り元気に学校に通った。
回数は少なくてもとっても楽しい時間を過ごしながら三年生、四年生と進級した。

大きな試練を乗り越えた優大の顔は凛々しくお兄さんらしく成長してきた。

学校の行事で緊張して寝てしまうことも殆どなくなり、とても堂々と参加する姿には感心するばかりだ。

旅行もお出掛けも機会を見つけてはたくさん楽しんだ。
日光や伊勢、九州や各地の温泉に出かけたりもした。

ひとつまたひとつ幸せの思い出が増えた。

2010年6月。
生まれてから大きな目標としていた十歳の誕生日を迎えることができた。

学校ではクラスメイト皆んなで二分の一成人式のお祝いをしてもらった。

二十歳の成人式までは想像することができなかったから、尚更に、この二分の一成人式は大きな節目、喜びの日となった。

身内でも温泉に両方の祖父母や姉弟や家族総勢15人が集まってくれて盛大にお祝いしてもらった。

優大に何かあれば遠くから駆けつけ、いつも私達を支えてくれる両家の家族には、本当に感謝するばかりだ。

家族一人一人からのメッセージには、優大から教えてもらったことがたくさんある、と口々に言ってもらい、本当に感謝と喜びいっぱいのお祝いとなった。

いつか優大が旅立つ日ではなく、十歳の誕生日という最高に幸せな日に、家族が集まり賑やかにお祝いしてあげたい。
口には出せないけれど、そんな心の声も響いていた。

八歳の命の危機を乗り越えてからますます、できることは後悔ないように何でもやろう、という思いが強くなった。

人生は誰にとっても、いつ終わるともわからないものだけれど、優大と過ごすことで、一日一日が掛け替えのない奇跡の連続であることを毎日気付かされる。

この十年はそんな、当たり前でない一日、一日の積み重ねだった。

この頃、大きな喜びに包まれながらも、私の気持ちは少々揺れ動いていた。

今までは優大と私は一心同体で生きて来た。

十歳という私にとっても大きな目標としていた節目を迎えて、自分の人生というものをしっかり考えてみる時期が来ていたのかもしれない。

同時に、心身共に十年の介護の間に積もったかなりの疲労を感じていた。

例えばこれからの十年。。と考えてみても、今のままの24時間365日の介護と緊張感の中で、生活を続けていかれるかと思うと少々自信が揺らいだ。

優大が生き生きと命を輝かせて生きている傍らで、私が自分の人生を見つけられずに疲れた顔をして過ごすのは優大も誰も望んでいないだろう。

少しずつ、私も自分自身の毎日や将来のことを考えてみよう、そんなことを思い始めた。

そうは言っても、優大を長く施設に預けることは想像ができないし、少ない自由時間の中でやれることにもとても制限がある。

まずは、一日だけでも離れてみることからと思い、都内のホテルに一泊というレスパイトをしてみることにした。

夫に家を託し意気揚々と出掛けた。
日中は買い物をしながらブラブラと過ごし、マッサージにも行き、いざホテルに入り夜になった時、何故だかとても寂しくなってしまった。

落ち着かず眠たくもないし、段々胃も痛くなったりして、結局フカフカのベッドの上で寝返りばかりをうちながら夜中まで本を読んだりして過ごした。。

私には一泊二日のお休みは長過ぎたのだった、笑。

何はともあれ、2日間を自由に過ごさせてもらって、十分にリフレッシュすることができ、初めてのとても貴重な体験となった。

この自由時間、というのが、長く在宅で介護をしている全ての人にとって、また介護していなくても、自分の時間を子どもに費やすことの多い母親にとって、とても必要なものなのだと感じた。

何かの用事や理由があって時間を気にして出掛けるのではなく、今日は自分を労っていい日と決めて、母としての役割をお休みすること。

いつも家族に向けている気遣いや優しさや感謝を、自分にも向けてあげること。

それがとても大切なのだろう。

学校で聞いてみると、先輩のお母さん方は思い思いに趣味を見つけ積極的に子育て以外の時間を過ごすことをしているようだ。

優大と次男を育てること、家庭の仕事をすることには大きな喜びがある。

お母さんという仕事は、私にとっては、神様から与えてもらった最高のプレゼントだ。

でも、自分が笑顔を忘れて犠牲者のように生きていては、子ども達も誰も、笑顔にすることはできない。

家族みんなで幸せを感じながら生きていこう。

人生はまだまだ続いていくのだ。

そんなことを考え始めた矢先、恐ろしいあの日が突然にやってきた。

3月11日、私達の運命は大きく動きだそうとしていた。

 

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