Story14 妻編「命の最期の仕事 後編」

入院から1ヶ月ほどが経ちついに尿は出なくなった。

唯一の治療法である人工透析もお腹の中の癒着がひどいことや、体力も考えるとできないという結論だった。

私達は優大をお風呂に入れてあげたい、とお願いした。

それが最期だとか、考えることはやめた。

でも、もし最期になるならやってあげたいことは、お風呂にいれることだった。

主治医の許可をいただき、先生看護師の皆さんが快く協力して下さった。

人工呼吸器を外し、管にアンビューバックをつないで呼吸を確保してもらい、パパに抱っこされて優大は湯船に浸かった。

いつもの様に「ふ~」と声を出すことはできなかったけれど、ホッとした様な力が抜けたような顔をして入浴剤入りのお風呂に入っている優大。多くの医師達やスタッフの皆さんで囲んで笑顔の入浴タイムとなった。

暖かいお風呂。優大を想って下さる暖かい空気。本当に有難かった。

入院してからもうずっと優大を抱っこすることができなかった。

ある日の昼下がり、私は今抱っこしようと急に思い立った。

看護師の方を呼ばずに、夫と二人で呼吸器を支えながら優大をそっと抱っこした。

意識がもうろうとしていてもう私をわかってないかもしれないと思っていた。

けれど優大の眼にはまだ生きようとする力があって、私のことをちゃんとわかって安心した顔をして私のことをじっと見た。

倍以上に膨らんでしまった優大の身体はずっしりと重く、でも暖かくて、愛おしくて、たまらない。

交代で抱っこして写真をとった。

これが命のある優大を抱きしめた最期の抱っことなった。

その時何となく私は予感していたのだ、今しかないことを。

それから数日後、優大の血圧は測れなくなり心拍数が次第に減っていった。

それでも私達は悲嘆にくれることはしなかった。

悲しくてギリギリの精神状態だったけれど、生きている優大のそばでできることは、どんな優大も受け入れて見守り、そして愛することだけだ。

ある日私は夜中に眠れずに優大の前に座り話し掛けていた。

するとふと優大がそれに答えるように話し始めた。

もちろん言葉を喋れたわけではないから、それは耳で聞こえるのではないけれど、まるで本当に話しているかのようにはっきりと伝わってきた。

「だいじょうぶだよ。ママ、あっくん、パパ、バーバ、ジージ、・・・」

その後にも次々に家族の名前が聞こえてくる。

その言葉は「僕は大丈夫だよ。精一杯生きたよ。みんな大好きだよ。」

そんな意味に感じられた。

それが何だったのか証明することもできないけれど、私には優大の魂からのメッセージであることがはっきりとわかった。

優大は一番自分が苦しい時に、私の悲しみをそっと拭うかのように、こうして私にメッセージを送ってくれたのだ。

なんて強く優しく愛に満ちた魂だろう。

止めどなく流れる暖かい涙を拭うこともせず、私は優大の心に話しかけ続けた。

それから数日後のことだ。
私はまた優大が話しかけて来るのを感じた。

「あっくんを呼んで欲しい。」

優大の6歳下の弟のことだ。

当時まだ5歳だった次男をすぐに病室に呼んだ。

そしてそれは別れの挨拶をするためだとわかった。

優大の中にある、確かな兄弟の絆を私はこのとき初めて知った。

次男が来て、病室で家族みんなで過ごした。

全身の皮膚が剥け、血液と滲出液で病衣をきることができなかった優大に包帯を巻くケアをしている時、心拍数が30を切った。

急いで医師が呼ばれ、そして「抱っこしてあげて下さい」と言われた。

その時が来たのだ。

ベッドの上で、夫が優大を抱っこした。

本当は私も抱っこしたかったけれど、不安で泣き止まない次男を抱っこしてあげてほしい、優大がそう言っている気がして私は次男をギュッと抱きしめた。

「優大ありがとう。いっぱいがんばったね。もういいんだよ。」

そう話し掛けた。

「ありがとう」「だいすきだよ」それ以外の言葉なんて浮かんで
来なかった。

いかないで。。そんなことは言えない程、優大は精一杯に生き抜いたのだから。

心臓が止まるその時まで、人工呼吸器だけに任せることなく優大は自発呼吸を続けた。

そして本当に安らかに、鼓動を静かに自分で止めた。

私は亡骸にすがるという気持ちにならなかった。

もうそれは優大が脱いだ服のようなものとしてそこにあるだけに感じたからだ。

苦しく不自由だった身体から抜け出た優大の魂は病室の中でスキップでもするように自由に飛び回っているようだった。

ぼくはやりとげた!

そんな喜びが私には伝わってきた。

残される私達の準備が整ったのを確認して、最期の最期まで彼らしく命を輝かせて、生き切ることを見せてくれた。

優大の命の最期の仕事が「死」というものだったのだ。

自分の命の隅々まで輝かせて生きた優大。

生きることは、誰かと比べて努力したり、何かになろうとすることなんかじゃない。

なにかを成し遂げたり、誰かに認められるために生まれてきたんじゃない。

命の奇跡に長さは関係ない。

与えられた命をただ受け入れて純粋にありのままに輝いて生きることがどれほど尊いか。

優大は自らの命で教え続けてくれた。

私達は優大からもらったバトンを心の真ん中にしっかりと握った。

私達がこのバトンを繋いでいくことが、優大の最期のしごとの
続きなのだ。

愛して止まない我が息子優大とわたしたちの10年と10ヶ月の物語の続きを生きよう。

優大、あなたはママとパパの誇りです。

生まれてきてくれて、生きてくれて、ありがとう。

 

 

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優大とわたしたちの10年間の物語 目次

About Stories 「物語の前に」

Story1
妻編:「赤ちゃんにノウガナイ?」
夫編:「幸せな若夫婦への突然の報せ」

Story2
妻編:「悲しみと隣りあわせの幸せ」
夫編:「試練、負けるもんか」

Story3
妻編:「この腕に抱きたい」誕生へ
夫編:「産むのはおかしいことですか?」

Story4
妻編:「天からの贈り物」
夫編:「想像できなかった現実」

Story5
妻編:「発作との日々の始まり」
夫編:「いざ広州へ」

Story6
妻編:「中国で重度障がい児を育てる」
夫編:「いよいよ!家族揃っての駐在生活。。」

Story7
妻編:「必死だった日々も。。」
夫編:「妻任せの障がい児子育て」

Story8
妻編:「これでいい。だいじょうぶ。」
夫編:「なかよし学級で教えてもらったこと」

Story9
妻編:「失うことの恐怖。。希望へ」
夫編:「生後5年目、初めての介護育児」

Story 10
妻編:「優大チームの介護子育て」
夫編:「優大5歳、お兄ちゃんになる」

Story 11
妻編:「生きていることの奇跡」
夫編:「8歳の試練」

Story 12
妻編:「当たり前でない日々、10年」
夫編:「命は必ず尽きる、ライフワークは何か?」

Story 13
妻編:「命の最期のしごと 前編」
夫編:「そして、九州へ」

Story 14
妻編:「命の最期のしごと 後編」
夫編:「命日と誕生日、優大の旅立ち」

Story 15
妻編:「すべてが贈り物」
夫編:「3人家族、新しい生活」

Last story
妻編:「生きて!」ママへ、そしてかけがえのないあなたへのメッセージ
夫編:「4人で5人家族、優大学校からの学び」