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ノウハウよりも大切なこと

セッションでお話ししている間に、多くの方が涙を流す瞬間がある。

もちろんわたしは特に泣かせようとか、何か鉄板の泣かせるセリフを言っているわけでもない、笑。

ご自分の言葉で心にある思いを語るときに自然と涙が流れてくる。

それって、辛さ、悲しさ、愛おしさ、、今まで蓋をしていた様々な感情とともに、心にエネルギーが溢れてくると自然と涙となって外に出るのかなぁ、と感じたりする。

 

心はもともと溢れては流れる水の源泉のような瑞々しいエネルギーに満ちている。

何かの理由で心のエネルギーを使い果たしたり、流れが堰き止められたり、つまりは疲れたり無気力になったりしているときがある。

 

そんなときに、じっくりと自分に焦点を当て、自分のそのままをよく見てあげることは、本当にパワフルな時間だ。

そうすると、自分の中からまたエネルギーが湧いて流れ出してくる。

気付いていなかった自分の中の意識や想いとともに、たくさんの愛にもに気づき始める。

 

セッションはわたしはガイドさせてもらうだけで、一番大切なのはご自分自身とつながる瞬間だ。

そのときが来れば、不思議と力強く自分を取り戻し、優しく自分を癒すことができることをいつも感じさせてもらう。

 

わたしたちは誰かの真似をするために生まれてきたんんじゃない。

わたしに生まれてわたしのいのちを体験するために生まれてきた。

 

しかも、当たり前だけど人生は死ぬまで変化し続ける。

こうすれば常に楽しくなれて、死ぬときに一切後悔ありません、なんてそんな便利な薬や道具はない、笑。

 

自分の外側にあるノウハウや方法を求めるのをやめたときに、ふっと自分とつながりあう。

心に瑞々しいエネルギーが流れ始める。

 

いつのいまにも、自分から逃げずに、自分を味わい、この人生を楽しむ。

疲れたら休み、傷ついたら癒し、泣いて笑って生きればいい。

そしたらね、自分のいのちを生きていることも悪くないと思えるかもしれない。

いや、思えたり思えなかったりして、生きていけばいいのさ♪笑。

 

LOVE

 

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罪悪感とさようなら

シトシトと雨の降る月曜日。

夜中に目が覚めた娘が子猫のようにベッドに潜り込んでくる。窮屈すぎて母寝れず。。寝不足。

 

そんなまったりとした朝だけど、取り掛かっていたお仕事の総仕上げを。

わたしが担当して作ったECサイトをやっとオープンし、新商品の販売を開始することができた。ちなみにこれです*rainbow bazaar

 

夫に言わせると、わたしはやり始めると仕事がものすごく早い、らしい。

しかしやり始めるまでに、下手すると何ヶ月も何年もかかったりするの、笑。

嫌なことを無理してしないと決めてからは、もう自分の心の指示に従うのみ。

小さい頃からマイペースと言われ続けて、ついに自他とも認めるマイペースになった気がする今日この頃。何のこっちゃ、笑。

 

兎にも角にも、机の角に足の小指をぶつけて悶絶しながら、わたしが何か悪いことをしたから?と反射的に自分を責める癖がすごかったようなわたしにとって

自分を最優先しても心地良く暮らすことのできている今は奇跡みたいなものだ。

 

夫への忖度も相当すごかったと思うけど、そんな諸々にもお別れし、今はとても身軽で爽やか、笑。

完璧を求めて追われるようにこなしていた家事や子育ても、今では心地よさと楽しさを感じることの方がとても多くなった。

しかも、お役にも立てているんだから、こんなにいいエネルギーの回し方はないと思う。

 

わたしはただ愛でいたいと思う。

そうしようと思うも思わざるも、愛以外にはなれないんだけど、笑。

世の中の正しさや価値観で行動を起こすのをやめて、自分の心の平安とそこから放たれる愛を感じながら暮らしたいのだ。

 

完璧でいようとしていたわたしだったから、きっと、すでにすべて愛という名のパーフェクトな世界に住んでいることを思い出したんだろうな。

道はそういう風にできている。

 

ただ、すべてが愛だと気づいているだけでいい。

時々忘れてジタバタしたり心配したり、イライラしたり怒ったり、そういうのも含めて許す、いや、全部許されているんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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時空の迷子?笑&セッション可能日のお知らせ

急に寒くなった鎌倉。

冬支度に慌ただしく、布団にカバーかけをしていると、もう20年以上やっていることなのになぜか毎年新鮮な気持ちになる。

こうして毎年毎年、衣替えをし、日々家を整え、家族をお世話している自分にいつまで経っても慣れないのかもしれないな、笑。

わたしにとってお世話をしてくれるお母さんは永遠に実家の母であり、40を超えてもわたしはどこか母の面影を探しながら覚束ない手つきで家事をしてるかのようで。。

子育ても時々びっくりするんだから。え?わたし3人の子どもの母?いつみんなこんなに大きくなったのかしら?って。

わたしの記憶システムは生まれつき故障気味なのかもしれないけれど、苦笑、わたしの時間と空間はなぜか突然降って湧いたかのように現れている気がすることがある。

小さい頃からデジャブもひどくて、時空の迷子みたいな気がしちゃう。

この感覚に共感してくれる人がいたら是非お話ししてみたい、笑。

 

さて、プライベートセッションを再開したので、予定のお知らせだけしておきますね。

今のところ明日からの10/19 の週は予約可能です。翌週は未定です。またお知らせしますが、早めにご予約されたい場合はご相談ください。スーパーマイペースにて失礼いたします。

10時から14時くらいの間で第3希望まで日時をお知らせください。週末も応相談。

自由料金にしているのですが、これがなんとも面白い取り組みで、お互いの中の様々な忖度みたいなものがなくなるので、エネルギーの流れもすんなりしている気がします。

必要なものを受けとってくださり、わたしもその対価をありがたく受け取らせていただければと思います。

肩の力を抜いて、そのままの自分で、色々お話しできることを楽しみにしています。

セッションのページはこちら

 

 

 

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今のわたし

わたしがこの人生で叶えたかったこと。

 

家族を持つこと。

愛の意味を知ること。

愛で一つにつながりあう世界を体験すること。

 

もうすべてが叶っている、とも言える。

そして、これからもっともっと濃く鮮やかな体感を伴っていくのだろう。

 

頭はどこか冷静で、心はすっと落ち着いているわたし。

何となく焦る気持ちで時を持っているわたし。

日々、瞬間で変わるわたしを優しく観ているわたし。

 

大きな流れと采配と完璧な共同創造。

この世界はいつだって間違いようのない調和で成り立っている。

 

誰かに何かを訴える気持ちや、何かを変えなくてはいけないという気持ちがほとんど湧いてこない今。

ただ心のままに動く、ビジョンを道標にして。

 

今度は一体どんな冒険が始まるのかなぁ。

本当に全然分からなーい、笑。

 

 

 

 

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感謝の力

子どもの頃に、何かをしてもらったらお礼をきちんということの大事さを教わった。

当時はその強制的な感謝に抵抗があって、ありがとう、が堅苦しくて面倒臭いようなそんな重い言葉に感じられた。

 

長男の優大が生まれ親になり、この感謝の言葉は突然とても鮮やかに輝く言葉になった。

心の底から湧き上がってくる、ありがとう、を経験したから。

それは、幸福感とセットでやってきた。

穏やかな昼下がりに優大を抱っこしながらふとその顔を見たとき、身体中に溢れてくる幸福感。

そんな風に、大袈裟でなくとも心から深く満たされたとき、自然と涙がこぼれて「ありがとう」と呟く。

 

相手に差し出す言葉としてではなくて、今この瞬間を生きていることの恩恵を表す言葉として。

 

わたしの場合は、我が子の命の灯火がいつ消えてもおかしくないからこそ、与えられた賜物だった。

みんな様々なタイミングで、真に心の言葉としての「ありがとう」を知るのだろう。

 

このありがとうを知ってから、美しい空を見上げたときや、大切な人が存在してくれることや、ストレッチして気持ちよく伸びたときや、あらゆる瞬間に感謝が湧くようになった。

そして、この感謝は、落ち込んだときや、絶望しそうなときには我に帰らせてくれるとても大切なツールにもなることを知った。

例えば今回の自粛期間中も、感謝することを見つければ、不満はスッと落ち着くし、不安も和らいだ。

 

感謝は自分のためにするといい、とわたしは思う。

もちろんその気持ちを誰かや何かに伝えることは、感謝が倍になるからとてもいい。

でも無理して感謝しなくちゃ、なんてことはない。

まず感じること。

ここにあるものや、ここにある感情や、ここにあるたった一つのいのちや。。自分という存在だからこそ生まれるもの達を。

 

湧き上がってくる、ありがたいなぁ、感謝だなぁ、の「ありがとう」ほど愛に溢れた言葉はない。

それはそのまま自分への愛となり、ぬくもりの波紋を広げていく。

長男が亡くなるときもまさに、最後の最後まで絶望せずに、彼の旅立ちをありがとうの言葉で見送った。

あのとき病室に満ちた不思議な愛のエネルギーを痛いほど感じていた。

 

掛け替えのない毎日という「ありがとう」のレッスンを受けていたかのような10年、そしてあれからの10年の日々にも、それはずっと続いている。

母になってもうすぐ20年。

もらった感謝の力は、これからもわたしをずっと支え続けてくれるだろう。

今日も手を合わせ、深い深いありがとう、を感じている。