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大丈夫じゃなくても大丈夫

来週に迫った帰国。

一つずつお別れの場を終えながら、引越しの準備を始めています。

タイでの日々は1年と半年だったのに、本当に色々な思いをめぐらせた時間でした。

いかに自分に素直に、心の本音を聞いて生きるかを、ひたすらレッスンしていたような気がします。

でもまさかこんなに早く帰国することになるとは、我ながら自分の人生がちっとも平担には進まないことに驚きます、笑。

でも、それならば来なきゃよかったか?と言うと全くそんなことはなくて。

今回の人生の旅路でも大切な体験と気づき、そしてたくさんの暖かい出会いというギフトをしっかりと受け取りました。

シャンティハウスの活動を始めてから、私は自分の人生について語ることに躊躇がなくなると同時に、心の中の思いを素直に深く語り合える何人もの大切な友人に恵まれてきました。

それはここバンコクでも同じでした。必然に導かれて出会った大切な人たち。

優大が亡くなった後には、抱えている苦しさや人生への切実な願い、そんな湧き上がってくる本心を言いたくても言えないもどかしい時期も長くあったことを懐かしく思い出します。

バンコクに来てからシャンティハウスの仕事をしていなかったからこそ、より明確に確かめられたこともありました。

私の生きて行く情熱はいつでも他の何でもない「いのち」から湧き上がり、そのいのちに寄り添い、愛で生きること。

自分という何より尊いいのちと向き合いそのいのちいっぱいに輝いて生きる人たちの力になりたい、という願い。

それは自分自身についての願いでもあります。

その他のことは、もうどうでもいいんだなぁと、笑。ほんとにもう手放してしまおうと。。手放すしかない。。と、苦笑。

見栄も体裁も役割も責任も誰かが決める優劣や善悪でさえ、いのちの本音より大切なことは何もないから。

一人一人が「わたしといういのち」を生きることは何より美しい。

子どもの頃から漠然とそう感じて来たことの意味を知るために、私の人生は進んで来たのでしょう。

 

体力も落ちてよろよろと生きている私ですが、、今のこの私だからできる体験を味わい尽くして、またどんどんと変化し続けて今に生きるだけ。

私はいつも「大丈夫」という言葉に支えられて来ました。

「大丈夫」は、「大丈夫じゃなくても大丈夫」という「いのちへのたゆまぬ信頼」からしか生まれない言葉なのです。

弱った時、この言葉は遠くにあるように感じますが、またその感覚が戻って来てくれると「大丈夫」はさらに力強く優しくすべてを肯定してくれました。

どんな時も忘れないでいたい大切な言葉です。